エリカ、お空への旅立ち

【12月27日】

エリカの旅支度。

いろいろ持たせてやりたかったけど、制限がいろいろありました。

お花も少しってことで、父と母からローズピンクのミニバラを、ぽじぃ姉さんは玄関のエリカの花を切って小さな花束を作ってくれました。

エリカの大好きな赤いボールを持たせてやりたかったけど、NGだったので、まん丸のスプレー菊を切ってボールの代わりに持たせました。

もう大腸炎に苦しむこともないので何を食べてもいいんだけど、10年来療法食しか食べてこなかったので、いつもの療法食を1食分。

いつも使っていたスヌードは木綿なのでOKでした。(化繊はNG)

包むのは、木綿か麻かダンボールっていうことだったので、私の使い古しのバスタオルで包みました。私にベッタリの子だったから、新しいものより、私の匂いが染み付いたもののほうがいいかな?と思って。


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勤め人のぽじぃ姉さんとは、朝のうちにお別れをしました。

アル✩リブにはお留守番してもらって、父と母とエリカと車に乗って出発。


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朝は雪混じりのぐずついた天気でしたが、エリカの旅立ちの頃にはすっかり晴れ上がって、きれいな青空になりました。

エリカの旅立ちの場所は、山の上。鳥のさえずりが聞こえました。

午後3時、エリカは空へと旅立ちました。


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エリカは小さくなって、帰ってきました。

家に入ると、しんしんと冷えていました。アルトとリブラも寒そうに丸まっていました。エリカがエンジェルになってから、エリカのために薪ストーブを焚かずにいましたが、安曇野の12月に “暖房なし” は結構キビシかったです。

もうエリカの心配をすることなく、薪ストーブを焚くことができます。それがまた、悲しかったりします。

エリカにたくさんのお花が届きました。お心遣いに感謝いたします。



【12月28日】


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-6℃の凍みる朝でした。薪ストーブを焚かない生活も、限界だったと思いました。


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白い覆袋がイヤで、赤いギンガムチェックのスヌードを着せました。うん、このほうがエリカらしいです。

この日も、たくさんのお花が届きました。お心遣いに感謝いたします。




リブラの日

【12月26日】

リブラの日。今風に言えば、リブラのうちの子記念日。

1年前のこの日、リブラは我が家の子になりました。


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2014年12月26日の写真。

リブラはサークルの中で、まだ緊張した顔をしています。

「ちょっとぉ、このちっこいの、どーする?」 なエリカと、「ボクは、何も知りません。。。」 なアルト。

その後の3頭の関係を、物語っている1枚です。



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1年後の記念撮影が、まさかこんな形になるなんて。。。





東京から、キャバ友さんがエリカに会いに来てくれました。遠いのに、ありがとうございます。

ご近所さんも、お花を持ってきてくださいました。ありがとうございます。





さて、エリカがお空へ旅立つ日を決めなければなりません。

このままエリカをずっと傍に置いておきたい。でも、それは叶わないことです。

しかも、世の中は年末~年始。葬祭センターも休みになってしまいます。

期限は切られています。ならば、その中で、できるだけ遅く。

私がグダグダ迷っていたら、アルトがとても疲れた様子を見せました。

私は、「これは、いけない!アルトとリブラの新しい日常を早く始めないと。。。」と、思いました。

思い切って、翌日の午後3時と決めました。

辛いのは、明日でも、明後日でも、その次の日でも同じです。

それに、エリカにドライアイスをいくつも抱かせているのも可哀想に思えてきました。




クリスマスエリカ ⑫

【12月25日】

朝から呼吸がとても荒く、咳も頻繁に出て、エリカは苦しそうでした。

昨日までは、あんなに穏やかだったのに。。。

朝食を用意したけれど、食べられるような状態ではなかったので、急いで病院へ。

注射を2本、利尿剤と…なんだったかな?記憶にありません。

先生が酸素吸入をしてくださろうとしたら、エリカは猛烈にイヤイヤをしてしまいました。

苦しそうな息をしながらも、私の肩の上によじ登って逃げようとしてしまいます。

「こんなに興奮したらかえって良くないので、お家の酸素ハウスで安静にしましょう。何か変わったことがあったら、すぐに電話してください。」

大急ぎで帰宅し、エリカを酸素ハウスへ。私はずっと酸素室のそばで、エリカの状態が落ち着くのを祈るような気持ちで待ちました。

やがて状態が少し落ち着いてきて、エリカは酸素ハウスの中でウトウトとまどろみ始めました。



昼過ぎのこと。

「また、いつ、病院へ行かなくてはならないかわからないから、今のうちに。。。」と、らんぽぅはガソリンを入れに出かけました。

宅配便が2個届きました。ひとつは、エリカのごはんの量が減っても、栄養が採れるようにと選んだヤギミルク。もうひとつは2016年のほぼ日手帳でした。

ブレン隊用に買った2016年の手帳は、エリカの病状の記録だけで12月のページがすでにパンク状態でしたので、いっぱい書けるようにと、1日1ページのほぼ日手帳を急いで注文したのです。

「これは、エリカとママだけの手帳だよ。これなら、たくさん書けるね。でも、病気のことばっかりじゃなくて、楽しいこともいっぱい書くんだよ。」そうエリカに話しかけていました。エリカは耳が遠かったので、聞こえてはいなかったでしょうが、私はずっと、話しかけていました。

それから少しして。。。

ウトウトしていたエリカがふいに立ち上がったと思ったら、バタン!と倒れてしまいました。

私は慌てて酸素ハウスを開け、エリカを抱き寄せ、酸素ハウスの屋根からチューブを引き抜いて直接エリカに酸素を吸わせ、、、でも、エリカの呼吸はみるみるうちに変わってきます。

らんぽぅに、「すぐ帰ってきて!」と電話し、病院へも電話しましたが、先生には何を話したか、記憶にありません。私は完全にパニクっていました。

らんぽぅが戻るとすぐに、エリカを連れて病院へ向かいました。

車の中で、私はエリカの名前を叫び続けましたが、エリカの身体からはどんどん力が失われていき、私の膝の上で最期のチッコが出てしまいました。

病院へ着いたとき、エリカの心臓はまだかすかに動いていましたが、エリカの命を維持するだけの力は残っていませんでした。

私はエリカを診察台から抱き上げました。

エリカの心臓は、、、私の腕の中で止まりました。

15:30。すべてが終わってしまいました。

10歳10ヶ月27日の生涯でした。





家に戻り、エリカをソファの上に寝かせ、身体をきれいにしてあげました。お口が開いて舌が出てしまったので、赤いリボンで結びました。(こういう時は、白にするべきですね。リボンの色が、少し顎についてしまいました。)


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エリカとアルトの Last♡Kiss 。 リブラは怖がってしまい、kiss できませんでした。



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最後の激戦の跡です。



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キッチンには、食べさせそこねた朝ごはん(ふやかした療法食)が残っていました。キティちゃん柄の豆皿には、エリカの朝の薬。

家の中の何を見ても、ただただ、涙が溢れました。

どんなに泣いても、もうエリカは目を覚ましません。それでも、泣くことしかできませんでした。




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